Yの記憶 -ある身体障害者の話- その③
思春期
学校生活を送るうえで、年に一度必ずやってくるのが
運動会。
死ぬほど行きたくない。
何かの間違いで、雨が連続的に続くとかで中止になる奇跡が起きたりしないかな。仮病を使って休む?風邪をひいて熱でも出ないかな。刻一刻と迫る運命の日。そんなことが起こるはずもなく迎えた当日。
司会「6年生によるクラス対抗リレーです」
全校生徒1~6年生全体で1,000人とその保護者、約1,500人前後。大勢の人に囲まれる中でのリレー。
位置について、よーい、ドン!
???
「あれが6年生…?」
「マジかよ」
被害妄想で野次が聞こえる気がする。実際に言われたかもしれない。自分より年が下のコからも悪く見られていると思うと本当に辛かった。
順位は最下位。あぁ、これが”負け戦”っていうやつか。今日休めば何か違う景色が見れたのだろうか。きっといろんな人から蔑まれて失望されている。赤組優勝は無理かもな。
小学校・中学校・高校。毎年繰り広げられる公開処刑。
これ以上自分の無様な姿を見られたくない。ここから消えてしまいたい
―――。
検査の結果、Yは障害であることが判明した。(診断名:先天性ミオパチー)
医師からの治せないという宣告。治るかもしれないという希望は消滅。
どうやら生まれつき、最初からそうだったらしい。あぁ、自分はもうみんなと”同じ土俵”には立てないのか。
“他人からの評価”を気にする自分にとって、
“普通の人間”で在りたかった自分にとって、
もともと自分は”異常”だったことに絶望を感じました。
なんで自分が選ばれた?
何度も思いました。 自分は生きてていいのか、生きてる価値があるのかとさえ思いました。
明日また学校がある。マジで死ぬほど行きたくない。 楽しくない学校に何のために行く?行ってもいいことがない。
癇癪(かんしゃく)おこす?引きこもる? もういい?もういいかな?
―――。
クラスメイト「Y君なんで学校休んでるん?せこくね?」
脳裏によぎった。
学校に行くことを辞めたその瞬間、即コミュニティから外されるのが社会のルール。どんな非難や罵声を浴びるかわからない。間違いなくハブられる。
行かなければ。どんなに嫌でも。
どんな時でも“周りの目“を気にする理性は正常に働いていました。
学校に行きたくないという意思を、特に世間体にうるさい親には絶対に知られたくない。引きこもったらそれこそ本当の意味で社会的に死ぬ。同じ「死」を味わうなら学校に行く苦しみを選んだ。実質もう何回も死んでいる。Yの中で不登校の選択肢はありませんでした。
苛立ち・気合い・諦め・義務感。
いろんな感情・自分との葛藤を押し殺してこっそり泣きながら学校に通い続ける毎日でした。
その④に続く
どんなに過酷な絶望が立ちはだかっても逃げずに進み続けなければならない
♪ 澤野弘之「Vogel im Käfig」
ワイの雑談日記 No.87
